おれBlog。

おれらしく、おれなりに。
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「1ヶ月」 の続き。
これは11月7日 記「9年と1ヶ月と2ヶ月。」の後半部の続きです。

これから下に書いてある内容はほとんどの人には語ったことがありません。
語るならば、この日にこの場所で伝えることがいいのではないかと前々から考えていたことです。口下手で、こういうことを口にするのが嫌いなのでこの場を使おうと思っていました。
人によっては非常に不快に思われてしまうかもしれないの内容なので以下を見ていただける方はそのつもりでお願いします。
「1ヶ月」
最近、一番気にかかっていた時間のスパンです。


と1ヶ月前にこのブログに書きました。

その時間の長さは7月に宣告された「お義母さん」になるはずだった人の余命です。


前から癌を患っていて、手術は1年前に行い成功しました。
その経過は順調で手術後は何事もなく癌マーカーの反応もずっとなく、
節目の1年検診ももうすぐのときでした。

その頃僕たちは、自分の就職も決まり、前からこのタイミングで
いろいろと話を進めようと計画をしていました。

まずは付き合っていることを彼女の両親に告白し、
自分の両親の了解を得、彼女の両親にご挨拶にいく。

事は順調に進み、最後の行程のご挨拶も無事済ませ、了承を得られました。

仕事が始まってみないと、働く場所もわからないし勝手もわからない。
その先のことはゆっくり決めていこうよ、ということになりました。

そのときは無事に快方に向かっていると信じていたし、
お母さんは奥ゆかしく座られていて、ごく自然に見えました。


宣告されたのはそれから10日も経たない日でした。

1年検診のときにマーカーの反応があり、少し異常があるのだろうと入院。
再発してしまったが、それほど悪くはないだろうというのが始めの見解。
簡単な手術をしようとして切開してみるともうその状態は手の施しようのないほどひどい状態だったそうです。何もせず閉じられました。
本人には何も伝えず、ただ少しおかしいからちょっと待ってみようとだけ。

それからは何もできずにただ時間を過ごしていくのみ。
幸い、痛みなどはそれほどなく、意識もはっきりしていたそうです。
家族ができることは何か楽しいことを病室の中に持ち込むだけ。

元々真面目で、人に自分が入院していることを知られることや
人に自分が入院している姿を見られることをとても嫌がっていたそうです。

そういう理由で僕もお見舞いに行くことはできませんでした。
例えできたとしても、僕にはまだどうしたらいいか正直わかりません。
治ると信じている本人と、治らないとわかっている自分。
それをうまくどうにか繕うことができる自信はまったくありませんでした。


そんな日からどんどん時間は過ぎていくもので、
その「1ヶ月」はあっという間に過ぎてしまいました。

病状はというと、
前は何も食べられなかったのにヨーグルトなんかは大丈夫。
前は個室だったけど4人部屋に移してもらったよ。
今度の週末は一時退院できるらしいよ。
なんてなんだかいい話ばかり。

「病は気から」なんていうけれど、そういうのもまんざらじゃないのか
なんて心から思えるほどに話しか入って事なかった感じでした。

「1ヶ月」なんて時間のスパンは本人が気づかなければ関係ないことで、
気の持ちようによってはその時間の長さは無限になるんじゃないか、
なんて本気で思おうとしていた時期もあったぐらいです。


そんな時期ももう過ぎてしまいました。

事実、今起こっていることは昏睡状態で「いつでもおかしくない。」こと。

長さを失っていたかに見えた時間は、誰も気づかないところで
確実に何かを奪い、どこかへ導いていました。



「1ヶ月」はやっぱり「1ヶ月」でしかなかったのかもしれません。
ただ事実「1ヶ月」はそれ以上の長さを持ちました。

その時間の中で何を考え、何を感じたか。
その時間の中で何に喜び、何を楽しんだか。

僕にはその感覚をとても察することはできませんが、
その長さがその単位以上であったことを願うだけです。


あとは「限られた時間を知らない」自分たちがその残された時間の単位を
自らのできる限り、思いの限り燃やし尽くすことだけなのかと思います。

「今の瞬間を思う存分楽しめ!」
限られた時間を知りつつある母の言葉です。
| 今日起こったことについて | 03:16 | comments(9) | trackbacks(0) |
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1ヶ月のスパン。1日を生きるという重さ。
当たり前にあるようでないものですょね^^
イマある時間から得られるものがたくさんあると思います。
ワタシとワタシの家族も今年生きることについてたくさん考えました そして病気であれ健常であれ死と隣り合わせて生きていることにはかわらないょぅに思います。
足があってあることができ手があって触れることができ
口があって食べることができ鼻で香りを嗅ぐことができ
目で見ることができて耳で音楽をきけることがどれだけ幸せなことか。
当たり前なようであたり前ではなぃです。
自分の事情とかぶったりしてぅまくかけません;;
楽しむ。
ホントダイジです。
フォローもダイジです(笑
| マュチ | 2005/12/13 7:44 AM |

未だ人生経験の浅い俺には何もいう言葉が見つからない.
だが,俺だったらってのは勝手ながら言える.
それは「ありのまま」でいるだろうってことだ.
| B | 2005/12/13 3:10 PM |

>マュチ
なんだかこういうことが頻発する年齢なのかなって。

実は同じ日に親戚のおじさんが倒れて、
はじめは全身動かなかったんだけど、
あとから左半分は動くようになったんだよね。

その原因は脳溢血。
倒れてから最低2日間は気づかれなかったらしい。
この季節だし普通の体なら生きてはいないだろうって。
ホント、何があるかわからないよね。

この世にいなかったかもしれない体と、
その機能のほとんどを動かせない体と、
左半分だけは正常に動かすことができる体。

それを分けるものっていうのはほんと何かのかけらで、
それがその人の人生を大きく左右しているんだよね。

幸い満足に体を動かすことができている自分たちは
そのありがたみを自覚して、活用しないとね。

マュチも大変かもしれないけど楽しんでいかないとね。

だけど、フォローが大切なんだ^^


>VUNG
「ありのまま」でいるってこと。
それまさしく我が家の方針かもね。

おれもそれがいいと思うし、きっとそうするだろうし。
それで後悔しない生き方を自分で選ぶべきだよね。
| おれ。 | 2005/12/14 12:40 AM |

読んでいて涙が出てきました。
10月に祖母と大事にしていた猫が亡くなってしまったことを思い出してしまったからです。
実家にいなくて猫の死目にもいてやれず、最初は飯が食えなくなり、呼吸が出来なくなり苦しんで亡くなったようです。
続いておかんの母が亡くなりました。母はたぶんすごく辛かっただろうと思います。でも自分は母に何もしてあげられませんでした。何をしていいものかもわからなかったし、今でも何をしてあげられたのか分かりません。
先輩は出来ることをしてあげてください。どんな些細なことでもいいと思います。特に彼女は言葉に出来ないくらいつらいだろうと思うので支えてあげてください。
しばらく会えないのは寂しいですが、先輩が笑顔で研究室に戻ってきてもらえることを願ってます。
| いけ | 2005/12/14 12:51 AM |

ありがとぅ^^ 続くときは続くんだよね・・・
けれど それは自分にとってもすごく大きな変化をもたらす出来事。痛む心と同時に楽しいと感じたい時間も動く。
【ありのままでいる】ホントそうだと思います。
おじさんの体が半分ぅごくことになったことそれも
すごくすごくすごーいこと^^
こぅいう状況の中で上京を決めたことに後ろめたさがないといったら嘘になります。けれど自分の今も今しかない。
誰のせいにもしたくないそういうキモチです^^
キミの笑顔でハピハピな風向きを起こしてください。
そしてワタシは信じています
身体がなくなること=不幸 にはならないコト☆
また一緒に遊びましょう!!
| マュチ | 2005/12/14 3:10 AM |

>いけがみ
どうも、研究室にあまりいない先輩です^^

そういうことっていうのはわりと「あっさり」来るんだよね。
不意を撃たれたように起こって、あっというまに去っていく。
それを見ている人は何もできない。
きっとそれを目にしていたんだろうから感じただろうけどね。

何をできるとか、何をしなきゃいけないなんてことは
まだまだよくわからんので、とりあえず水戸にしばらく
いることになると思います。

俺がいなくて死ぬほど悲しいかもしれないけど耐えてくれ!^^

>マュチ
やっぱりマュチにとって上京することはかなりの「決断」なんだね。

ちょっと非情に見えるかもしれないんだけど、やっぱりそういうのがある意味「親離れ」とか「自立」だったりするんだろうね。
それを決めたことに対する気持ちとか覚悟とかも大人なのかもしれないよね。それがいい事か悪いことか決めるのもすべて自分の責任。そうしなきゃいけない時があるんだよね。

決めたからにはそれを充実させた生活にしないとね。
俺は勝手に楽しいことを探していくだけだけど、できる限りお手伝いさせていただきまっせ☆
| おれ。 | 2005/12/15 12:53 AM |

そぅなの(笑 ひどい娘なの♪けれど、家族に対する愛情は大きいですょ!んでもって大人じゃぁないですよ^^
ゥフフ。ここら辺のことは語ると長いので省略です(爆
お手伝い期待してますよ!
言葉にならないほどの気持ちになっても 呼吸すること
涙すること 吐き出すこと 忘れないでください。
そんでそれをフリきって必ず笑ってください♪
イノタン(アダナつけてみた)が納得のいくように。
ワタシは影ながら応援し願わせてもらってますね^^
| マュチ | 2005/12/16 11:30 AM |

ゥフフ、省略されちゃいましたね^^
それだけいろいろあるってことだ。
おれも影ながら応援し願わせていただきます。

例えいろいろあろうともそれが人生!
おれはおれで生きるのだぁ!!って感じかな。
そんな感じでやっていきます。

イノタンって初めてだなぁ・・・
| おれ。 | 2005/12/17 4:03 PM |

イノタン☆ありがとぅ♪ 
おれはおれで生きるのだぁ!!ってステキだと思います^^
| マュチ | 2005/12/22 11:57 AM |










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